バッハマンとイェリネクが見る病理
いま、インゲボルク・バッハマンの『三十歳』を読んでいる。 読み進めるうちに、ある既視感のようなものが、何度も喉元に引っかかった。
バッハマン文学に登場する女性たちは、決まって同じ場所に追い詰められていく。 愛することで自己を消耗し、語ろうとした瞬間に狂気とみなされ、沈黙を選んだときだけ「正常」だと評価される。
これは個々の性格や不運の話ではない。 彼女たちが置かれているのは、そもそも「主体として生きること」が制度的に阻まれている世界だ、という冷酷な認識が、バッハマンの底にはある。
重要なのは、バッハマンが「強い女性」や「自立したヒロイン」を描かないことだ。 彼女が記録し続けたのは、むしろ逆の過程だった。 崩れていくこと。 壊れていくこと。 そして、言葉を失っていくこと。
そこには啓蒙も、スローガンもない。 あるのは、壊れていく主体を、壊れたまま書き留めるという、異様なまでの倫理性だけだ。 だからこれは、フェミニズムの主張というよりも、文学による告発に近い。
読みながら、次第に浮かび上がってくるのは、バッハマンの思想が辿り着いた、ほとんど出口のない地点だった。
この世界で「正常に」生きることそれ自体が、すでに暴力への加担ではないのか。 愛も、言語も、社会も、すでに深く汚染されている。 しかし、それでも完全な沈黙を選ぶことは、やはり敗北なのではないか。
バッハマンは、その矛盾の中に立ち尽くしたまま書き続けた作家だったのだと思う。
1973年、彼女はローマで火災事故により亡くなった。 睡眠薬とアルコールの影響下で起きたこの死は、しばしば「自己破壊」と結びつけて読まれてきた。 だが、その読みは、彼女が生きていた構造を思えば、あまりにも安易でもある。
自己破壊と社会構造は、彼女の中で分かちがたく結びついていた。 彼女が壊れたのではない。 壊れずに生きる回路が、そもそも与えられていなかった。
ここで、どうしても想起されるのが、同じオーストリアの作家、エルフリーデ・イェリネクだ。 『ピアニスト』をはじめとする彼女の作品群は、しばしばバッハマンの後継として語られる。 だが、両者は同じなのだろうか。
おそらく、二人は「同じ病理」を見ている。 ただし、照明の当て方が決定的に違う。
両者を貫いているのは、「女性が語ると狂気になる」という装置の存在だ。
バッハマンにおいて、女性の言葉は、常に感情的で、主観的で、信用ならないものとして扱われる。 語れば語るほど、その存在は「壊れている」と判断されていく。 だから彼女たちは、自分の言葉を疑い、自分を疑い、やがて自分を罰する。
一方、イェリネクは、その装置を隠さない。 むしろ、露骨に、冷酷に、戯画化する。 彼女の作品では、女性の言葉は最初から「自分のもの」ではない。 それは広告であり、教育であり、規範であり、男性欲望のコピーだ。
語っているつもりで、すでに他者の声を反復している。 その地点まで、イェリネクは一気に突き進む。
ここに、両者の最も重要な差異がある。
バッハマンにおいて、暴力は内面化される。 それは心の中に沈殿し、亀裂となり、感情の暴走として現れる。 読者は、それを「彼女の内面」だと信じて読み続ける。
イェリネクにおいて、暴力は外部化される。 そもそも内面など、最初から信用されていない。 文体は冷笑的で、反復的で、機械的だ。 読者は途中で気づかされる。 これは個人の声ではなく、社会そのものが喋っているのだ、と。
言い換えるなら、 バッハマンは、犠牲者の内部から書いた作家であり、 イェリネクは、制度そのものを代弁させた作家だ。
この差は、「狂気」の扱いにもはっきり表れている。
バッハマンにおける狂気は、抵抗の副作用だ。 真実に近づこうとした結果、壊れてしまう。 語ろうとした者が支払わされる代償として、狂気は訪れる。
だが、イェリネクにおいては逆だ。 狂気は正常の裏面にすぎない。 社会の規範を忠実になぞった結果として、むしろ必然的に立ち上がってくるものだ。 狂っていない方が、かえって不自然になる。
だからイェリネクの作品では、 被害者が笑いながら自分を売り、 母が娘を壊し、 言葉はギャグのように連鎖していく。 そこには、彼女特有のブラックユーモアがある。
この関係は偶然ではない。 二人ともオーストリアの作家であり、 ナチズムが「家庭の中で生き延びてしまった」構造を主題にしている。 国家暴力が親密圏へと転写される、その回路を描き続けた。
イェリネク自身が、バッハマンを「母的な先行者」と意識していたことも、象徴的だ。 ただし、イェリネクは同時に理解していたのだと思う。 もはや、内面を書くこと自体が、ロマン主義的な幻想になってしまった時代に、自分は生きているのだ、と。
だから彼女は、心理描写を捨て、人物を記号化し、言語を暴走させた。 それはバッハマン的な誠実さが成立しなくなった時代における、別の倫理的選択だった。
バッハマンは、壊れながら書いた。 イェリネクは、壊れた構造を笑いながら鳴らした。
どちらも、同じ問いに向き合っている。 「この世界で、語るとはどういうことか」 「正常とは、誰のための言葉なのか」
その問いはいまも終わっていない。 終わっていないからこそ、彼女たちは、いまも読み返され続けているのだと思う。
ここまで考えてきて、もう一つ、どうしても外せないものがある。 それが「声」だ。
バッハマンとイェリネクの文学において、声は単なる表現手段ではない。 声は、主体が世界に触れようとする、最初の接点であり、同時に最初に奪われるものでもある。
バッハマンの女性たちは、しばしば「声を出そうとする瞬間」に壊れる。 叫ぶわけでも、告発するわけでもない。 ただ、説明しようとする。分かってもらおうとする。 その、ごく弱い運動の段階で、すでに狂気のラベルが貼られる。
ここで重要なのは、声がまだ「主張」になる前だということだ。 彼女たちの声は、論理でも意見でもない。 もっと手前にある、息の乱れや、言い淀みや、言葉になる前の震えに近い。
しかし社会は、その段階の声を聞き取る回路を持たない。 だから、その声は翻訳される。 感情的だ、未熟だ、不安定だ、病的だ、と。
バッハマンが描いたのは、 「語ったから罰せられた」のではなく、 「語ろうとしたこと自体が異常とされる」構造だった。
一方、イェリネクの世界では、声の状況はさらに一段階進んでいる。 そこでは、声はすでに主体から切り離されている。 誰かが喋っているように見えて、実際には制度が喋っている。
母の声、教師の声、医師の声、恋人の声。 それらはすべて、どこかで聞いたことのあるフレーズの再生だ。 正しさ、安心、成功、幸福。 声は祈りのように反復され、祈りであるがゆえに疑われない。
ここで声は、救済の形式をとる。 しかしその救済は、決して主体を生かさない。 むしろ、声に従うほど、主体は薄くなっていく。
イェリネクにおいて恐ろしいのは、 声を奪われることではない。 声を「与えられる」ことだ。
語りなさい、説明しなさい、表現しなさい。 その命令のもとで発せられる声は、すでに自由ではない。 それは、社会が望む形で自分を語らせるための声だ。
バッハマンが直面していたのは、 「声を出せば壊れる世界」だった。 イェリネクが直面していたのは、 「声を出しても、もう何も変わらない世界」だった。
この差は決定的だ。
バッハマンにとって、声はまだ賭けだった。 語れば壊れるかもしれないが、それでも語らずにはいられない。 だから彼女の文章には、常に躊躇と緊張がある。 言葉が出る直前で、文がよろける。
イェリネクにとって、声はすでに失効している。 語ることは、ただの反復であり、滑稽であり、残酷な儀式だ。 だから彼女は、声を暴走させ、過剰にし、笑いに変える。 それは諦念ではなく、別種の抵抗だ。
ここで、声は祈りに近づく。 祈りとは、本来、届くかどうかわからないものを、それでも差し出す行為だ。 だが制度化された祈りは、最初から答えを内蔵している。 正しい祈りだけが、正しい救済を受け取る。
イェリネクが描く声は、まさにその状態にある。 祈っているようで、すでに管理されている声。 救われたいという欲望そのものが、回収される。
その意味で、バッハマンとイェリネクは、「声がまだ祈りでありえた最後の地点」と、 「祈りが完全に制度化された後の地点」を、それぞれ書いているとも言える。
そして、私たちはそのさらに先にいる。
いま、声は奪われるものでも、反復されるものでもない。 評価され、測定され、最適化される。 声は出せる。だが、どの声が「健全」かは、常に外部が決める。
だから、声を出すこと自体が、すでに正常性テストの一部になっている。
この地点からバッハマンを読み、イェリネクを読むとき、彼女たちの文学は、過去の悲劇ではなく、いまも続いている構造の、二つの断面として立ち上がる。
声は、まだ賭けでありうるのか。 それとも、完全に回収されたのか。
その問いを、彼女たちは書くことで残した。 答えを出さずに、声そのものを残した。
だから、いまも読む価値がある。
牧野楠葉
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