青、世田谷
私は、1本だけ、もうずっと書き直している小説がある。
それは、リライトしまくっても、永遠に終わらない小説だ。17歳から書かれ、書き直され、いじられ、それでもまだ私を蝕む小説。
電子書籍で、以前のバージョンを出したが、気に入らなくて、別の公募にリライトして出そうと思い(しかし挫折して)出品を削除した。これに関しては、もうとことん納得いくまで、(というかこれ書き始めて15年経っているのが恐ろしい、私のはじめて書いてみた、「小説」という名の処女作でもある)やりきろうと思っている。
あらすじはこうだ。
舞台と中心人物
主な舞台は、世田谷のボロアパート「三谷荘」。中心となるのは、かつてそのアパートで「家族」を演じた三人の女――美陽、エレナ、佳子――と、佳子が連れていた少年ヒロトだ。
第一部
物語は、アパートでの異常な共同生活の最中に起きた、主人公美陽による「カミサマ」という男の殺害事件から始まる。事件後、美陽は自らの過去をエレナへの長い手記として綴り始める。そこには、富山での機能不全家族、姉への複雑な愛憎、上京後の薬物依存、ダルクでのエレナとの出会い、そして「救い主」のように現れ後に共同生活の中心となったカミサマとの出会いが記される。しかし、その共同体は「聖」を求めるがゆえに「俗」(金、性、暴力)に深く蝕まれ、やがて崩壊へと向かう。一方、佳子はヒロトを連れてアパートから逃走し、その際、謎の「茶封筒」を持ち去る。
第二部
物語は佳子の過去へと遡る。高校時代から親友であった天才・幸と、彼女を密かに愛し、同時に嫉妬する佳子。幸はある男性との関係からヒロトを出産するが、貧困と孤独の中、自ら命を絶つ。その死に責任を感じた佳子は、行方知れずとなったヒロトを探し、風俗店で見つけ出し、「三谷荘」へと連れて来たのだった。
第三部
殺人後、自棄になっていた美陽は、玉川上水で聡史と義博というゲイカップルに保護される。子供を望む二人と、居場所を失った美陽は、やがて「代理母」という現実的な契約を結び、新たな疑似家族を築き始める。一方、佳子はヒロトを連れて富山へ向かい、美陽の姉・夏央莉に保護を求める。かつて美陽を見捨てたと思われた夏央莉は、今、加害者家族としての罪悪感と向き合いながら、ヒロトを受け入れる。佳子はヒロトを夏央莉に託し、一人東京へ戻る決意をする。
物語は、アパートの崩壊から逃れた美陽と佳子が、それぞれ「血の繋がらない家族」という形で、再生の可能性を見いだそうとする地点で大きく交差する。これは、聖と俗、罪と救済、血縁と選択の狭間で、本当の「生き直し」が可能なのかを問う物語にしたてあげるつもりだ(そろそろ決着をつけたい)。
本文抜き出し(この小説には「聖」と「俗」がまじりあう)
少し整理するために、と言ってしまいましょう。あの頃のわたしたちを、そして今のわたしを理解するために、ひとつ鍵になる考えがあります。これは私が自分で、考え続けたことです。それは「聖」と「俗」という言葉。
わたしは今にして思います。あの頃、わたしたちは皆、「聖」を探していた。「聖」とは、わたしたちが汚れきった現実——つまり「俗」——のただ中で、必死に手を伸ばしていた、何か「絶対的に清らかで、意味があり、触れるだけで自分が浄化されるようなもの」の仮の名前だった。カミサマは最初は「俗」の塊(ただの汚れたホームレス)だった。でもわたしたちは彼に祈り、彼を「聖」へと祭り上げた。佳子が連れてきたヒロトは、「穢れを知らない聖なる子」だった。あなたでさえ、わたしのあの毒舌と暴力性の裏に、「聖」の断片——本当の強さや、偽らない何か——を見ていた。
でも、それがわたしたちの最大の勘違いだったと思います。多分、「聖」と「俗」は、向かい合う二つの岸ではないのだと思います。それは同じ川の流れで、分けられないものなのでしょう。わたしたちは「聖」だけを汲み取ろうとして、自分たちが「俗」という泥水にずぶ濡れになっていることに気づかなかった。いや、気づいていたかもしれないです。でも、「聖」に至るためにはこの「俗」の泥道を通らねばならない、と自分に言い聞かせていました。
風俗も、嘘も、薬も、あのアパートに充満した歪んだ依存も、全ては「聖」へのプロセスだと信じ込もうとしていただけにすぎないのです。
…こんな感じ。
そろそろ終わりにしないと、次に進めないような気もしている。
では、今日も仕事をする。
それではまた。
牧野楠葉
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