5Gと太陽フレアを恐れる主婦

”文体”とは何か?
牧野楠葉 2025.12.18
誰でも

おはよう。
最近よく寝れている。

しかし、編集のN氏と連絡がつかなくなってから、もう1週間も経過している。そのことが、大いに私を苦しめている。その原因は、私にある。「すみません、原稿を送るのをやめます」「薬を変えたことで、脳の認知機能が落ちて、変な文章ばかり書いてしまいます」。そうしたら、「私は、牧野さんの、いい読者ではないのかもしれません」、との返答。それからメールを送っても、返ってこない。おそらく、ブロックされてしまった。

体の半分が、もがれてしまったかのような感覚。

でも、物語を書くことでしか、私はもう駆動しない。

本日は、新しい小説(短編になると思う)の構想と、”文体”について、少し考えてみたいと思う。

新しい小説の構想/あらすじ(タイトルはまだ不明)

夫は、情報商材会社でリモート勤務している。扱う商品は「株を的中させる」「最短1週間で英語がペラペラ」「スマホだけで月収100万」みたいな、断言と煽りで組み上げた80万円級の講座だ。夫の仕事は、セールス文の叩き台を作り、見出しのA/B案を出し、上司の「もっと強く」「もっと今すぐ」を受けて修正すること。顔も見えない誰かの“夢”が、毎日、画面の中で数字になって跳ねる。夫はのほほんとしている。悪意は薄い。仕事は仕事、生活は生活、と切り分けるのが得意だ。

妻は34歳。義母から「子供はまだ?」が定期的に飛んでくる。悪気があるわけじゃないのが余計きつい。返事をするたびに、体のどこかが削れる。夫は横で曖昧に笑って「そのうちね」と言う。妻には、その言葉が“味のしない逃げ”に聞こえる。夜、寝つけない。寝ても浅い。理由のない焦燥が、背中から胸に回り込む。病院に行っても、検査は「異常なし」。異常がないのに異常だけが残る。

ある晩、妻はスマホでYouTubeのショート縦動画を延々と漁る。睡眠から逃げるために、頭を空っぽにするために。そこで、陰謀論に出会う。短く、強く、断言する言葉。「それ、電波のせい」「太陽フレアが人体に影響」「気づいた人だけが助かる」。不安の正体を、名前にしてくれる。敵をくれる。妻の中で、点が線になる。眠れない、動悸がする、焦る、涙が出る――全部、5Gと太陽フレアのせいだと“整理”される。原因ができた瞬間、妻は少しだけ楽になる。

翌日から妻は、家のルールを作り始める。夜はWi-Fiを切る。スマホは機内モード。窓際に立たない。電子レンジの前に近づかない。さらに銀紙を買い、丁寧に折り、頭に沿わせて帽子を作る。銀紙は軽いのに、音だけがやけに重い。くしゃ、くしゃ、と家の空気が潰れていく音がする。夫は「大丈夫」と言う。妻はそれを“こっちを見てない言葉”として受け取る。夫が仕事で毎日使っている断言の言葉が、家では急に頼りなくなる。

それでも夫婦は、壊れきらないための“遊び”を作る。寝室(夜の営み)だけは、世界のルールを変える場所にする。妻はアニメのキャラになりきる。声のトーンを上げ、決め台詞を言い、逃げるふりをする。夫はそれを追い、両手で押さえ、「捕獲」と言って笑う。ふたりの合図は軽い冗談みたいに始まるのに、最後は冗談じゃなくなる。

翌朝、夫はまたリモート会議に入り、上司に「限定感」「緊急性」を求められ、妻は銀紙帽子の角度を整える。

妻の儀式はやがて家の外へ漏れる。義母からの電話のあと、妻は駅前に立つ。銀紙帽子をかぶり、ひとりで演説を始める。言うことは、短い。強い。断言ばかりだ。「真実」「今すぐ」「選ばれた人だけ」「遅れたら終わり」。それは妻が縦動画から吸い込んだ言葉でもあり、夫が会社で毎日磨いている“売り文句”の形にも似ている。

夫は偶然、月1の出社日の帰り、駅前を通る。するとなんと、妻の声が生で刺さる。夫は笑ってしまう。反射で。けれど同時に、泣きたくなる。妻は間違っている。でも、妻が埋めたい穴は本物だ。義母の「子供はまだ?」で削れた部分。検査で「異常なし」と言われて置き去りにされた不安。夫の「そのうちね」で、毎回、静かに殺される期待。妻の、一人演説は、このような要素で書くつもりだ。

  • 駅前の環境音  改札の電子音、バスのエアブレーキ、呼び込み、風。

  • 妻の装備が生活臭い  銀紙帽子は新品の陰謀グッズじゃなく、台所のアルミ。セロテープの継ぎ目。ハサミの歪み。  スピーカーも本格機材じゃない。スマホ+安い拡声器か、ただの生声。ショート縦動画の延長。

  • 演説  ①敵を名指す(5G/太陽フレア)  ②症状を列挙(眠れない/焦る/動悸)  ③“気づいた人だけ”で選民化  ④期限を作る(今すぐ/遅れたら終わり)  ⑤行動を提示(遮断/帽子/家族を守れ)

  • 切実さとして、「妻の目」と「手の震え」  言葉は強いのに、身体が弱い。強い言葉が、弱い身体を支えてる構図。

夫は訂正もしないし、止めもしない。妻の隣に立つ。自分の”のほほん”としたこれまでの態度を、改めようと決心する。なぜって、妻の不安は、本物だ。銀紙帽子を同じ角度でかぶり、妻の演説の横で黙って立つ。妻は演説をやめない。夫も、そこから動かない。ふたりの世界は、壊れたまま回り続ける。回りながら、どこかで、初めて夫婦になる。

⇒この話は、「切実ギャグ」として、書いていくつもり。どうだろう。

そしてこの話の文体は?

文体とはなんだろう。

『コンビニ人間』を書いた村田沙耶香さんの書きこみを見たので、そのまま引用させていただく。

「言葉に関しては、昔から“文体”に過剰な憧れがありました。子どものころワープロを手に入れて最初にしたのは、星新一や新井素子さんなどの文体模写でした。高校生のときに山田詠美さんのすごい文体に出合い、その山田さんのエッセイの影響で三島由紀夫も初めて読んで、その文体に「えらいこっちゃ」と衝撃を受けました。太宰治の文章にものめりこみました。同じ明朝体で書かれていても、字がもっている温度も感触も違う、という体験でした。」

わたしも、ナボコフの文体模写をしていた(訳文だけどさ)。高校生ぐらいのとき。あとは金井美恵子さんの、あの濃密な文章が好きで、それも文体模写していた。

最初は皆、おそらく文体模写から入るのだと思う。

小説を書き始めて、そして、いろんな本に出会う。そうしたら、学校の図書館には、自分のと同じ紙の上に載っているのに、明らかにとんでもなくスゴイ小説や文章がたくさんあるのだ。そこで一度、カルチャーショックを受ける。

「良い文体(?)」⇒小説になじむ文体とは何か

良い文体は、一般的な美文じゃない。 その小説の欲望にとって最適な文章だと思う。例えば……。

  • 速さが必要な小説に、遅い文体を乗せると死ぬ

  • 不穏さが必要な小説に、明るい文体を乗せると死ぬ

  • 笑いが必要な小説に、荘厳な文体を乗せると笑えない(か、別種の笑いになる)

私が考えてみたところ…

私は、小説を書く際に、五感を一番意識している。「まるで、読者がそのシーンに立ち会っているかのような」感覚で書きたいのだ。だから……。

私はとりあえず、今の段階では、このように”文体”を定義する。またコロコロ変わるんだろうけどね。

文体とは、 その語り手が世界をどう知覚し、どう言い切るかの、一貫した手癖。 そしてそれは、 読者の感覚を動かすためのリズム。

意見がある人は教えてほしい。

では、今日はここらへんで。ニュースレターへのコメント、大歓迎です。

それではまた。仕事に戻ります。寝癖が酷い。今日は風呂に入る。

牧野楠葉

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